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映画「夕凪の街 桜の国」
夕凪の街桜の国
夕凪の街桜の国
こうの 史代

今回も映画ネタ。見てきたのは「夕凪の街 桜の国」
この映画を一言で言うと、「個人的な本年度日本アカデミー賞があるとした
ならば、この作品の麻生久美子を主演女優賞に推したい」である。

この作品は、こうの史代の同名のマンガを原作にしている。
原作を読んだのは1年以上前だったと思う。以前からネット界隈では、
この原作は名作として、評判をとっていたので興味を持ったのだ。

で、麻生久美子は、いやこの映画作品に出てきたキャストの人たちの
ほとんどが、原作のマンガの登場人物たちに命を吹き込み、コマの中から
飛び出させることに成功していると思うのだ。
物語は、原作も映画も、「夕凪の街」という話と「桜の国」の二部構成に
なっている。
「夕凪の街」は原爆投下から13年後、昭和33年の広島に生きる被爆者、
平野皆実(麻生久美子)と、その母フジミ(藤村志保)、弟の旭、そして皆実が
想う人の打越さん(吉沢悠)を中心にした物語。

被爆地の広島も、徐々に復興し、広島市民球場も出来て力道山や、流行歌
の「死んだはずだよお富さん」が歌われる時代。昭和33年はあの「Always
三丁目の夕日」と同じ年代である。そう、すなわち東京ではこれから高度
経済成長で豊かになるぞ、と皆に希望があった時代。

それは広島でも同じだけど、でも一つだけ異なるのは、この作品の中で
は、人々はピカ(原爆投下)の記憶をまだ持っていながら、誰もそのことを
口にしないで生きようとしていること。

それは、この物語の主人公、皆実も同じで。会社では明るく振舞い、打越
さんという好きな人もいるけれど、でもふとした瞬間に、あの8月6日の
記憶が蘇ってきてしまう。静かに流れる川を見れば、そこに死体が流れて
いる風景や、ひどい火傷を負い自分の背中で死んでいった妹のことを思い
出してしまうのだ。
だから、自分は幸せになったらいけん、と思う皆実は、打越さんに対して
も積極的になれない自分がいるのだ。

でもある時、皆実は思い切って打越さんに自分の原爆体験を打ち明ける。
(打越は被爆はしていなかったのだ)。その中で、「誰かにお前は死んでしま
え、と思われた私が、生きていていいのじゃろうか。本当に怖いのは、
自分が本当に死んだほうがいいんじゃと思ってしまう事なんじゃ」と打ち
明ける。
その時、打越さんは「生きとってくれてありがとうな」と皆実を抱きしめる。
(この時の吉沢悠の演技がすごくいいと思う)

原作と映画ではこの後の展開は少し異なる。その違いは是非とも両方を
味わっていただきたいと思うが、少しだけ付け加えると、映画では原爆
投下前に広島から茨城に疎開をしていた弟の旭が、皆実の見舞いに訪れる。
旭は、自分が被爆をせずに済んだが、その後広島から皆実と母親が迎えに
来たとき、広島に行くことを拒否してしまう。

再び広島に戻ってきた旭は、姉の前で「なぜ広島に原爆が落ちたんじゃ」と
つぶやく。もし、原爆さえなかったら彼らの家族は理不尽な目に合わずに
済んだのに、と。その時、皆実がいう台詞がずっしりと観ているこちらに
響いてくるのだ。
この一連の流れは原作のマンガ以上に、映像化された、というより演技
者としての彼らの演技が心に染み入ってくる感じのするシーンだった。

この作品は原爆のシーンを描いてはいるけれど、そこにはリアルで残酷な
シーンはほとんど登場しない。あるのは当時のドキュメンタリーフィルム
と、おそらくは実際の被爆者の方が書いたであろう絵だけである。

でも、原爆のシーンをリアルに描かなかった分、役者さんたちによる表現
で、原爆投下から何十年経っても、それがどれだけの影響を残しているの
か、という事がより鮮明に響いてくる作品になっていると思う。

またこの物語の舞台は、被爆後、爆心地の付近で人々が復興のために建て
た原爆スラムというバラック街なんだけど、それらがつい最近、被爆後
30年以上経った1978年まで広島市民球場すぐ近くに存在してらしい事にも
驚いた。

今はこの映画の舞台と同じく、太田川沿いのきれいな緑地になっている
らしい。

そして第二部の「桜の国」。話はあれから50年後の東京に変わる。
「夕凪の街」で高校生だった旭(堺正章)は、今は会社を退職し子ども二人と
暮らしている。
二人の子どもは、父がこっそりと出かけたり、先月に電話代が急に何倍に
もなったことに驚き、姉の七美(田中麗奈)が父の後をつけることにする。

その途中で、ばったりと小学生時代の同級生、東子ちゃん(中越典子)に
出会い、二人で父を追いかける。
そして、父が向かった先は、広島だった。
また東子ちゃんがあの時、七美と出会った理由とは…という物語。

「桜の国」パートについて何かを書くとすれば、正直、「夕凪の街」よりは
原作の魅力が勝っていると思う。
しかしだからといってつまらない、という訳ではない。
時系列の異なった、原作の話を上手く再構成していると思うし。
ただ、例えば原作中に登場してきたギャグというかおどける表現は、
やっぱりマンガの方が数段上をいっている感じがすると思う。
それは役者を責めるというよりは、原作者、こうの史代の力量をほめる
べきだろうと思う。

この作品の監督、佐々部清監督は、原作に何も余計なものを付け加えず、
すなわち素材(原作)の持ち味を上手に生かして調理(再構成)していると
思う。その意味で夕凪の街、桜の国ともども、いい職人の腕前を見せて
もらった感じがした。


この物語、特に桜の国で描かれる内容は、原爆のもたらした影響がどれ
だけ大きいのか、そしてそれはどう現代につながっているのか、という事
だろうと思う。

桜の国パートで描かれる登場人物には、祖母のフジミと母の京子以外、
被爆者は登場しない。田中麗奈の七美も、弟の凪生も、自分たちが被爆者
の子どもだという意識はないし、また祖母や母から、原爆体験を直接聞く
事はなく、大人になっている。
だから原爆については、(私たちと同じように)遠い世界の事だと思っては
いても、多分心のどこかには引っかかっているんだろうと思う。

でも、そこで描かれているのは、被爆者としての被害者感情ではなく、
被爆から60年以上経って現代に生きる人々が、どう原爆の体験を消化する
のか、という事だと思うのだ。
全く無視してしまうのは、気がとがめるし、かといって真正面から引き受
けるのも正直気が重い、という私を含めた現代人の気持ちをうまくくみ
とっていると思うのである。

では、どうすればいいのか。ここで私が結論づけるのもおこがましいが、
個人的には、忘れないでいる、という事が大事なんだと思うのだ。

それは、日本に原爆が落とされた、という事実ではなく。
そのキノコ雲の下には、私たちとなんら変わることのない、ごく普通の
一般人が暮らしていたのだ、ということをである。

私も、そして原作者のこうの史代も、日本人ではあるけれど、原爆に直接
被爆した、被害者ではない。
だから私が、被害者の声を代弁することはもちろんできないと思っている
し、また彼らの壮絶な体験の全てが本当にわかるはずもないと思う。

だけど、もしも被爆者の直接の声のみが、原爆の悲惨さを伝えるものだと
するならば、年々高齢のため数の少なくなっていく被爆者の方たちがいな
くなった時、その記憶は完全に消えていってしまう。

でも、例えば今回のこの作品に限らず、その記憶そのままではなくても、
原爆の被害の直接の悲惨さだけではなくて、その前後、人々がどのように
家族と会話し、そして生きてきたのかを追体験することで、その記憶を
新たに更新することは可能なんだと思うのだ。
そして、それが、マンガでも映画でも文学でも、芸術の持つ伝わる力なん
だよな、と思ったのだ。

だって、最近は映画を見て泣く事がほとんどない私だけでなく、映画館の
あちこちから、すすり泣く声が聞こえてきたし。


個人的な体験でいえば、原爆の話は、私が多分小学校3年か4年の時、学級
文庫に入っていた「はだしのゲン」を読んだことが一番最初の思い出だと
思う。
その経験は強烈過ぎて、その後しばらくは夜眠れなかった事まで、今でも
覚えている。

10歳前後ってちょうど色々と死ぬってどういうことだろうとか、今まで
以上に色んなことを考える年頃だったこともあって、多分すごく(トラウマ
になりかねないくらい)印象に残ったんだと思うのだ。

あの頃はまだ冷戦時代で、もしかすると核戦争が起こるかもしれない、と
いう緊張感が世の中にあった時代だと思うし。(ちょうどその頃放送された
機動戦士ガンダムにも、その時代の緊張感は反映されていると思う)

だから私に限らず、多分「はだしのゲン」ってトラウマになっていて、もう
一度読み返すことができない人って多いかもしれないと思う。
でも、今年の夏、TVドラマとして放送された「はだしのゲン」を見たとき、
もちろん地上波のTVドラマだから、残酷なシーンはあまりなかったせいも
あると思うけれど、見ていて懐かしいというか、あ、このデティールを
覚えているって気になったのと、彼らの日常のドラマの方に、(主人公の
ゲン役の子役を含めて役者の人たちの演技力もあり)自然と目が向かったの
である。

だから、原爆を直接経験してないし、また二度と同じ目に遭いたくないと
思う私たちは、どんな形でもいい作品に触れた感動を記して、記憶と記録
に留めていくことが大切なんじゃないのかな、なんてことをこの映画と
ドラマの「はだしのゲン」を見て思ったのだ。


話を「夕凪の街 桜の国」に戻す。
もしも、映画を見て、まだ原作を読んでいない人がいたら、はたまた、
まだ映画も原作のマンガも読んでいない人がいたら、是非とも原作の
マンガを読んでほしいなあ、と思います。

原作には映画の補足もかねた当時の風俗についての解説もあるし、何より
こうの史代の、ほがらかで温かい絵柄と、面白さはマンガ作品としても
面白いと思います。単行本1冊でそんなに厚くないし。

また原作を読んでこの物語が好きになった人がいたら、映画はあの世界を
忠実に再現しているいい作品だと思いますので、お勧めしたいと思います。
登場人物たちの魂を感じることのできる映画作品でした。
| 映画・演劇 | 12:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
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